大判例

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東京高等裁判所 平成5年(ネ)403号 判決

控訴人

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

八代ひろよ

被控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

工藤勇治

安部井上

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

主文同旨。

二  被控訴人

控訴棄却。

第二  主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実第二のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表三行目の末尾に「(主位的請求)」を、同裏一行目の末尾に「(予備的請求その一)」を、同一〇行目の末尾に「(予備的請求その二)」を、同三枚目表六行目の「不当利得」の前に「主位的に」を、同行の「不法行為」の前に「予備的に」を加える。

2  三枚目裏一行目の「被告が」の次に「平成元年八月二九日に被控訴人から一〇〇万円を、」を加える。

3  同四枚目表一行目及び二行目を「(二)は、1(一)に対する認否と同じ。」に改める。

4  同四枚目表一〇行目の「被告に不当利得があったとしても」を「民法七〇八条の不法原因給付に該当し」に改める。

5  同五枚目裏三行目の「同3」の次に「のうち、控訴人が不動産ローンセンターから四四二〇万円の融資を受け、そのうち控訴人が二七二二万五六四七円を受領したことは認め、その余は否認し」を加える。

第三  証拠の関係は、原審及び当審記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴人が被控訴人から、平成元年八月二九日に一〇〇万円、同年九月七日に二七二二万五六七四円をそれぞれ受領したこと、被控訴人の子一郎(以下「一郎」という。)が成城大学に入学できなかったこと、被控訴人が控訴人から平成二年一二月八日に八二二万五六四七円の返還を受けたことはいずれも当事者間に争いない。

二  証拠(甲一、二、乙一の一ないし四、二、三、甲野花子、控訴人(いずれも原審。後記認定に反する部分を除く。))によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人の妻甲野花子(以下「花子」という。)は、訴外丙山三郎(以下「丙山」という。)が経営する結婚相談所「リングベル」に勤務していたが、平成元年七月ころ、丙山と雑談中に、一郎が大学入試に失敗して浪人中なのが悩みの種である旨述べたのに対し、丙山から控訴人が顔が広く融通が効くので大学の裏口入学の斡旋を頼んであげる旨の話があり、同年八月控訴人に引き合わせてもらった。

2  当初、花子に対し控訴人から「喜んで世話をする。どこの大学が希望か。」などという話があり、さらに、その後間もなく控訴人から花子に対し成城大学ならいわゆる裏口入学が可能であるが、そのための資金は大体二〇〇〇万円程度が相場である旨の話があった。

3  控訴人は、この間裏口入学に関して経験があるという知人の丁沢四郎(以下「丁沢」という。)に裏口入学の話を持ちかけ、丁沢から成城大学なら大丈夫裏口入学させることができる旨の回答を得ており、同月下旬、被控訴人及び花子は、控訴人に対し成城大学への一郎の裏口入学の斡旋を依頼した。

4  そして、同年八月二九日、控訴人は、同大学への裏口入学の資金として被控訴人から花子を介して一〇〇万円を受領し、また、被控訴人に不動産ローンセンターを紹介して四四二〇万円の融資を受けさせ、同年九月七日、そのうちから二七二二万五六四七円を裏口入学のための資金として受け取った。

5  同年九月一日ころ、控訴人は被控訴人及び花子に対し、被控訴人の再抗弁2記載の発言をした(争いがない。)が、右発言は丁沢から聞知した内容を述べたものである。

6  控訴人は、同年九月一〇日ころ丁沢を、また、同年一〇月一〇日、丁沢の知り合いの成城学園高校の教諭戊海某を被控訴人や花子に引き合わせた。右一〇月一〇日の際は、丁沢の指示により控訴人が被控訴人から受領していた金員中八〇〇万円を同月八日に予め控訴人に交付し、右一〇日の当日、控訴人は丁沢の意向を受けた控訴人の指示どおり、右八〇〇万円から戊海に対し三〇〇万円、丁沢に対し五〇〇万円を右裏口入学のための便宜を図ってもらう謝礼ないし運動資金の趣旨で交付した。その後、右戊海は被控訴人方へ約七回くらい赴いて一郎に各二時間程度国語を教えたが、その他の教科の指導は行われず、また入学試験問題が一郎に対し漏洩されることもなかった。

7  その後、被控訴人及びその代理人花子は、控訴人に対し控訴人に交付した金員中当初から話のあった二〇〇〇万円の額を超える部分は返還するよう再三申し入れ、同年一二月前記八二二万五六四七円が控訴人から被控訴人に返還された。

8  平成二年二月一九日、成城大学の入学試験の合格者が発表され、一郎が合格しなかったことが判明したため、被控訴人は、同月二〇日、控訴人及び丁沢と会い、控訴人に対し「口では大丈夫だといっていながら何もしなかったではないか。」と述べて交付した金員を返還するよう要求したのに対し、控訴人は謝罪した上、「お金は返す。」旨述べ、丁沢も控訴人に対し返還させる旨述べた。

9  控訴人は、丁沢の指示により、被控訴人から受領した金員から丁沢あてに平成元年一一月二七日に二五〇万円、同年一二月一日に五〇万円、平成二年二月二日に二〇〇万円を送金したほか、丁沢の指示に基づき、右二月二〇日に約した被控訴人に対する返還を丁沢を経由して行う趣旨でそのための金員として同年三月三〇日に四五〇万円を丁沢に送金したのに対し、丁沢は同年二月二二日、四月六日、六月二九日に各二〇〇万円合計六〇〇万円を被控訴人に送金して返還した。

10  したがって、被控訴人が控訴人に裏口入学の工作資金として交付した額は合計二八二二万五六四七円であり、結局そのうち一四二二万五六四七円が被控訴人に返還されているが、残金一四〇〇万円は被控訴人に返還されていないこととなる。

三  右事実によれば、控訴人が被控訴人から受領した金員中被控訴人に返還されていない残額については、その全額を控訴人が利得したというべきか否かは別として、被控訴人に対する不当利得が成立する部分があるというべきであり、また、平成二年二月二〇日に控訴人は被控訴人から受領した金員中未返還の分につき返還を約したものというべきであるが、返還すべき金額についての約定内容は必ずしも明らかではないというべきである。しかし、当初から控訴人が裏口入学工作資金の名目で被控訴人から金員を騙取する意図を有したと認めるべき証拠はないのみならず、控訴人がいかに前記のような言辞を述べたとしても、裏口入学工作という事柄の性質上、それにより被控訴人において控訴人に斡旋を依頼すれば一郎の入学の実現が確実である旨誤信したなどとは到底認め難いところであるから、被控訴人の不法行為の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  そこで、抗弁につき検討すると、右一、二の事実によれば、被控訴人は、一郎の成城大学への裏口入学の斡旋を控訴人に依頼し、その工作資金として前記の金員を控訴人に交付したものであり、右金員の交付は正規の大学入学試験を回避して不正な方法で合格させることを目的とするもので、その反社会性は極めて大きく、反道徳的な行為であって公序良俗に反するというべきであるから、民法七〇八条の不法の原因のためにする給付に該当するものであることが明らかである。

五  さらに再抗弁につき検討する。

控訴人が再抗弁2記載の発言をしたことは、前記のとおりであるから、本件において、被控訴人が控訴人に対し裏口入学工作の斡旋を依頼し金員を控訴人に交付した行為は極めて反社会性が強く、反道徳的で公序良俗に反するものであるから、控訴人の行為の不法性もまた大であることを考慮しても、いまだ被控訴人の行為の不法性と対比して控訴人の行為の不法性が著しく大きいとまではいえないというべきである。本件においては、控訴人の返還約束は一郎の不合格が確定した後になされているが、不合格確定の前後いずれの場合であってもそのような返還約束を許容するときは裏口入学工作を助長することが明らかであり、その不法性の程度に特段の差異を見出すことはできないといわなければならない。したがって、本件においては、不法の原因が受益者についてのみ存したとはいえないから、被控訴人の再抗弁は理由がない。

六  右のとおりであるから、被控訴人の本訴請求中、不当利得返還請求及び返還約束に基づく返還請求は、いずれも民法七〇八条により許されないものであって失当というべきであり、不法行為による損害賠償請求もまた理由がない。

七  以上の次第で、被控訴人の本訴請求はすべて理由がなく、返還約束に基づく返還請求を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 大谷禎男 裁判官 吉崎直彌は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 菊池信男)

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